2009年07月16日

ゲイリー・ムーア ギター兄ちゃん登場!

ゲイリー・ムーア(Gary Moore)は日本ではハード・ロック・ギタリスト
として認識されているのだろうか?

実はトミヤンはゲイリー・ムーアは好きなギタリストなんですけど
彼の経歴については正直あまり詳しくはありません。

トミヤンの周辺の元ギター小僧、(今はギター・オジサン)たちがよく
ゲイリー・ムーアの曲をコピーしていたので、トミヤンもキーボードで
コードを弾いてサポートしていました。

ジョン・ハイズマン(Dr)率いるコロシアムUでのジャズ・ロック風な
テクニカルなギターを弾くゲイリー・ムーアが好きでしたが、

80年代からはハード・ロック・ギタリストとして日本で人気があったような記憶があります。


1987年発表、アイルランド出身のルーツに立ち返った名作アルバム。
まるで漫画「北斗の拳」に出てくるキャラクターのようです(笑)。

それでは、このアルバムに収録されている「クライング・オブ・ザ・シャドウズ」は、
今は亡き本田美奈子さんへ提供した曲で
今回は本田美奈子さんの「愛の十字架」をどうぞ!



そしてトミヤンも買った80年代最後の作品は、かなりハード・ポップ
な内容で、ヒット・チャートも意識したようでした。


ゲイリー・ムーア/アフター・ザ・ウォー
ハード・ロック時代最後の作品となった89年のアルバムをデジタル・リマスター復刻。オジー・オズボーンが参加した「レッド・クローンズ」が話題に。ボーナス・トラック6曲を追加収録しています。

その後ゲイリーは企画作品で軽い気持ちでブルース・アルバムを発表。
それが意外にも予想外のセールスを記録してしまい。

それ以降はブルース・ギタリストに転身?でも骨太なギター・プレイはそのまま、
トミヤンは全然OKです!ギターを泣かせたらサンタナと双璧ですね。

じゃ、最後はハード・ポップ・チェーン「After the war」です!



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posted by トミヤン at 22:11 | Comment(2) | TrackBack(1) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

俺のユーライア・ヒープ デヴィッド・バイロン大好き!

ユーライア・ヒープ(Uriah Heep)はトミヤンの大好きな
愛すべきブリティッシュ・ハード・ロック・バンドです。

なんていうかー、存在自体が好きなんです。(笑)

あのー、もちろん曲も好きなんですけど、
それ以前にユーライア・ヒープの人が好きですから、
内容はどうでもいいんです。

こういうのをミーハーと言うんでしょうね(笑)

別に洗練なんかされてなくていいんです。
B級と言われても全然かまいません、それが好きなんですから。

とくにヴォーカルのデヴィッド・バイロンさんサイコー!

デヴィッド・バイロン

このチョビヒゲにエラのはった顔のオジサンっぽい風体。
(しかし本人はかなりイケメンだと自分で思っていたらしい。
とくにロッド・スチュワートにはかなりのライヴァル心を燃やし、
ロッド・スチュワートの行く洋服屋さんにバイロンも行っていたらしいです)

ユーライア・ヒープのメンバーの中ではインテリっぽい雰囲気の
オルガンのケン・ヘンズレーさんはサウンド面でのリーダーです。

でもライヴではワイルドにオルガンじゃなくてギターを弾いちゃったりします。

ハード・ロックといえば「悪魔」ですが、ユーライア・ヒープは
その先陣をきっていたバンドでもありますね。

でもユーライア・ヒープの悪魔シリーズはおどろおどろしたものではなく
ファンタスティックで美しいサウンドなんです。

やはりそれもデヴィッド・バイロンの七色の声のせいなんでしょうか?
とてもアル中とは思えません(笑)

ハード・ロックのバンドでは珍しいコーラスワークも素晴らしいです。

   

   

(お好きなものをどうぞ!・・笑)

残念ながらデヴィッド・バイロンはアル中がひどくなり
76年の「ハイ・アンド・マイティ」を最後にバンドをクビになってしまいました。

脱退後「ラフ・ダイアモンド」を結成しますが、
それも短命で終わりました。(現在は廃盤で入手困難かと・・)

そして85年に薬物依存もヒドカッタのでしょうか、亡くなっています。

ユーライア・ヒープは現在も現役で頑張っていますが
トミヤンにとってのヒープはここまでです。

それでは黄金期のユーライア・ヒープで「Easy Livin」をどうぞ!



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posted by トミヤン at 08:13 | Comment(1) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

ディープ・パープルの終焉「嵐の使者」

ディープ・パープル(Deep Purple)は今さら説明不要のブリティッシュ・ハード・ロック・バンド。

多くの人が認めるように「イン・ロック 」や「マシン・ヘッド」を輩出した
第2期のディープ・パープルが黄金期であることは間違いありません。

ただディープ・パープルに関してはトミヤン実際にレコード買ったのは、
74年の「嵐の使者」が初めてでした。


今までにはないファンク調な曲に、ソウルフルなヴォーカル。
リッチー・ブラックモアのハードなギター・ソロなどは皆無であります。
(ジョン・ロード大先生もクラヴィネットなんか弾いてスティーヴィー・ワンダー風?)

さすがのギター小僧たちもこの作品は敬遠したみたいです。
ですからトミヤンも自分で買うしかなかった作品です(笑)。

前作の傑作アルバム「紫の炎(Burm)」から加入した2人、
歌も達者なベースのグレン・ヒューズとソウルフルな声のデヴィッド・カヴァーディル
この2人の発言権が増したに違いない曲調になっていて、
それを良しとしないリッチー・ブラックモアのせめぎあいの内容になっています。

個人的には身銭切ったんで好きです。個々の曲は非常にクオリティーも高いと思います。
ただリッチーも言ってましたが、ハード・ロッカーがファンクとかソウルはないよ・・
結果、自分の思いどうりにならないのならと、リッチーは脱退することに

不満解消に製作していたソロ・プロジェクトが思いのほか良く
そのままレインボーとして新たに活動してゆくことになりました。

それでは、「嵐の使者」のラスト曲でちょっと考えられない究極のバラード
Soldier of Fortune」を聴いてみてください!



リッチーが抜け第3期ディープ・パープルは2枚の作品」を残し終焉。

第4期へと入りますが、後任のギタリストはアメリカ人のトミー・ボーリン
彼は天才肌のギタリストですが、ドラッグ中毒でもあり、いろいろと問題が
その結果パープルは内部から崩壊、「Come Taste the Band」で幕を閉じることになります。

何故かトミヤンは絶頂期の傑作作品よりも、
陰りを見せ始めてきたころの作品を好む傾向にあるようです(笑)。
(やはり義経の判官びいきを好む日本人的感性の代表の人間ですね・・。)

それでは第3期ディープ・パープルの傑作「Burm」をどうぞ!
(ステージの後ろの虹 レインボーがなにか意味深です。)



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デヴィッド・ギルモア「狂気の祭典」






posted by トミヤン at 14:06 | Comment(2) | TrackBack(1) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

グラハム・ボネット ハード・ロック界の横山やすし

グラハム・ボネット(Graham Bonnet)はハード・ロック・シンガーで
レインボーアルカトラスのヴォーカリストとして有名です。

なんと声域は4オクターブあると言われてますが、本当でしょうか?

ハード・ロックの世界もプログレ同様に、こうあるべきといった
様式美みたいなものが確立されていて、
(ファッションやアクセサリー、髪型までも、様式みたいなものがあります)

今では時代おくれの少しダサさが感じられるジャンルになってしまいましたが
トミヤン的には、そういう世界の方が愛着を感じえます(笑)

で、ボネットさんですが、この人は可笑しいです。
(すこし茶目っ気もあり、自分のスタイルを貫く男気もあります。)

彼の音楽のルーツはたぶん50年代くらいのリズム&ブルースや
日本でいうムード歌謡みたいな音楽だと思います。

あの関西人みたいな服装はその辺からきていて、グラハム・ボネットの
たぶん曲げられないポリシーみたいなものがあるんですね。
(なにせサーモンピンクのスーツに髪型はオールバックですから・・笑)
一部のファンからはハード・ロック界の横山やすしとの声も!

79年、彼のターニング・ポイントとなったのは
その歌唱力が、ハード・ロック界の大御所リッチー・ブラックモア
目にとまり、レインボーに加入。

初めてハード・ロックを歌うも、絶賛され一躍スターになちゃいました。
RainbowRainbow『Down To Earth』

しかし加入後、リッチー・ブラックモアにハード・ロック・ファッションに
変えろと強要されますが、断固拒否。関係が悪化します。

来日公演中、リッチーがボネットのスーツを勝手に破棄してしまい、
困ったボネットは急きょアロハ・シャツを買って備えたというから
この世界の人はマンガより面白いのだ!

で、案の定80年に唯一の親友だったコージ・パウエル(Dr)が脱退すると
ボネットも80年末にレインボーを脱走した(笑)
(コージ・パウエルとはお互いビーチ・ボーイズのファンであると
いうことで仲良しになったとか)

孤独のナイト・ゲームス

81年ソロ3作目。
ジョン・ロードやコージ・パウエルが参加。
孤独のナイトゲームス」がヒット、あの西条秀樹もカヴァーしました。
西条秀樹「ナイトゲーム」

82年、コージ・パウエルに誘われて、マイケル・シェンカー・グループへ加入。
傑作「黙示録」を録音するも先にパウエルが脱退すると、ボネットも
後を追って脱退してしまった。
(トイレに行くと言い残し、そのまま脱走したという・・笑)

当然、頭にきたマイケル・シェンカーはボネットのヴォーカルを差し替えて
アルバムを発表しようとするも、ボネットのヴォーカルが素晴らしいので
周りに止められそのまま発表したようだ。

83年には遂に自分のグループ「アルカトラス」を結成する。

このグループからはイングヴェイ・マルムスティーンスティーブ・バイなど
若手実力ギタリストを輩出している。
ザ・ベスト・オブ・アルカトラス

最初はベスト盤あたりが無難でしょうね(笑)

アルカトラスは87年に解散。

グラハム・ボネットはインペリテリなど、その後もいろいろと活躍していて
2007年にはアルカトラスを再結成させたりもしています。
還暦にはなりましたが、まだまだ元気です。

ボネットは歌詞が覚えられなくて、時々照れ笑いしたり、
はたまたカンペをみてステージに立ったこともあり
とにかく人間味のある、おもしろい人であるのは間違いありません。

それでは最後にアルカトラスの曲で「ヒロシマ・モナ・ムール」をどうぞ!
(ちょっと日本のクリスタル・キングの人にも似ています・・笑)


マイケル・シェンカー、UFOの記事へ

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posted by トミヤン at 13:10 | Comment(0) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月10日

QUEEN+ポ−ル・ロジャース「ザ・コスモス・ロックス」

QUEENが13年振りになるオリジナル・アルバムを出しましたね。

思えば4年前、再結成されたときのヴォーカリストは
なんとポール・ロジャースでした。

正直これは意外でした。
フレディ・マーキュリーとはあまりにちがうタイプのヴォーカリストだから。

とりあえず、ちょっと聴いてみましょうか。
(タイトルをクリックしてください、試聴出来ます。)
Queen + Paul Rodgers『The Cosmos Rocks』

ウーン、なかなか骨太な正当派なブリティッシュ・ハード・ロックです。
フレディ=クイーンと思われているファンにはちと厳しいかもしれませんね。

でもそれを除けば非常に良質な聞きやすいロック・アルバムです。

これはクイーンというより、
ブライアン・メイ(Gt)、ロジャー・テイラー(Dr)ポール・ロジャース(Vo)3人のプロジェクトの新譜と考えた方がすんなり受け入れられます。

やはり、この3人の名前(昔の名前へででていますじゃないけど・・笑)
の圧倒的な存在感と重圧な安定感は、そんじょそこらの若造には
作れない男のいや大人のロックを感じずにはいられません。

まずは大人のロックン・ロールを聴け!パンチ
(シェケナ・ベイビー・・内田裕也です・・笑)

少しおさらいですが、ポール・ロジャーズは
伝説的なハード・ロック・バンド「フリー」のヴォーカリスト。
(74年解散後バッド・カンパニーで再ブレイク、英国を代表するロック・シンガー)

そもそも、このプロジェクトもクイーンのメンバーの
ポールに対する憧れと尊敬の念から生まれたものです。
(ちなみにポールの奥さんは日本人。あー関係ないか・・笑)
フリー・アット・ラスト+6

72年作
人気絶頂期に解散したフリーが1年も絶たずに再結成。
別れてお互いの良さが判ったのか、でも結局また別れるですよね。
(人間っていう生き物は悲しい・・笑)
フリーの最高傑作はやはり70年の「ファイヤー・アンド・ウォーター」ですかね?
オペラ座の夜

75年作
言わずと知れたクイーンの代表作。
この時トミヤンは高校生でしたが、これは確か買いましたよ。
(クイーンって女性ファンが多かったので少し抵抗がありました・・笑)
ボヘミアン・ラブソディー」はあまりに有名です。

★クイーン関係のオークションですが、レース・クイーンのDVDがたくさんありますわーい(嬉しい顔)
(お好きな方はぜひ観て下さい、たまりません・・笑)





posted by トミヤン at 03:21 | Comment(0) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月30日

UFOと言えば・・・

UFOと言えば!

うーん、トミヤンの世代だとピンク・レディーもしくは
インスタント・焼きそば、アホの坂田かな?(笑)

そうじゃないですね、ブリティッシュの世界では、
マイケル・シェンカーのグループ、もとえマイケル・シェンカーのいたバンドですね。
(当たり前の常識です・・笑)

マイケル・シェンカーといえば、金髪の髪を逆立て、黒皮のスタジャン、
あのホウキきみたいなフライング・Vのギターを持ったいでたちかな。


74年作品「現象」
スコーピオンズからマイケル・シェンカーを引き抜いた。
その甲斐あって単なるサイケなポップグループだったUFOが一躍ハード・ロックの
前線に踊りでた傑作作品。


75年作「フォース・イット」
エッチなジャケットが妙にそそる(笑)
前作をよりコンパクトにまとめ、シェンカーを含めドラマティックに
まとめ上げUFOサウンドの完成型。

しかしマイケル・シェンカーって調べてみると
相当おかしいというかアホの坂田以上かも知れない事実がありました。

まず失踪ぐせですね、ちょっと気にいらないことがあると、
どっかへ行っちゃうそうです。
(1回目は75年、助っ人のギタリストポール・チャップマンが加入したことで、傷ついちゃったのかも?)

2回目は78年「宇宙征服」をリリースした直後。

うわー!怖い。SFの世界やー。
アメリカを意識した曲構成。しかしよく聴けばかなり手の込んだ作品。


78年全米ツアーのライブ盤
ジャケットだけみると完全にアホの世界(笑)
しかしうらはらにライヴのテンションはかなり高いとみた。
情緒不安定になればなるほどシェンカーのプレイは神がかるようだ。

あまりの奇行にとうとうグループをクビになってしまったシェンカー、
スコーピオンズに一時もどるも、
遂に自身のグループマイケル・シェンカー・グループを80年に立ち上げます。
(そのまんまですね・・笑)

でもやっぱしアホの血は収まらず、数々の別の意味での伝説を残すことに、
(それはまた次の機会にご紹介します。)

シェンカーの凄いところは、やはりそのギター・プレイが陳情じゃないところ、
上手いとかそんなことじゃなく、何かが憑いていますね。
(本当に悪魔払いをするしかないかも・・笑)

神(帰ってきたフライング・アロウ)

(フライング・アホーじゃないですよ、くれぐれも!笑)
UFOで身も心もボロボロになったシェンカーが、
遂に神となって復活した自身名義の歴史的名盤。

posted by トミヤン at 19:51 | Comment(0) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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