2008年09月16日

等身大のポール・マッカートニーが聴きたい

たぶんビートルズのメンバーのなかで、ポール・マッカートニー
一番ビートルズを愛してたし、続けて行きたかったんじゃないでしょうか?

革新的なジョンは、すでに先に行こうとしていたし、ジョージも音楽的
才能が開花し強い自己主張を示すようになってきた。

それぞれが別の方向に進み始めポールとの溝というか確執は深まるばかりだ。

そんなポールがウィングスで成功を収めるまで3枚のアルバムを出しているのですが
不思議とファンでも知らないというか、知ってても買ってまでもして聴きたいとは思わないらしい。

たぶんこの3作品が発表された当時、音楽評論家連中からかなり酷評
されたという事実があるからだろうか。

何故かポールにはみんなビートルズらしさを勝手に求めてしまう。
本人が望むのとは関係なく、やはりポールの作るメロディーは一番
ビートルズらしい雰囲気があるし。

そういう意味ではこの3作品は全然悪くないですよ。
大げさなアレンジもない分、素のポールが聴けるし、1作目なんかは
全部のパートをポール一人で演奏していて、

なんか4トラックくらいのテープで録音しったっていう感じで、ポール
はたぶん自宅録音の草分けでもありますね。
Paul McCartney『Hot As Sun/Glasses (1993 Digital Remaster)』

ポールとしては失意の時期ではあるけど音楽の情熱は失っていませんでした。

不思議なことにコアなポールのファンたちは、ほとんどの方が初期の
3作品が好きみたいですね。

サザンの桑田圭介も2作目の「ラム」が大好きだと言ったとか
ラム

愛妻リンダと製作した2作目
ポールらしい佳曲も多く、酷評とは裏腹に名盤との声も
Wings『Wings Wild Life』
ウィングスのスタートはめちゃくちゃ地味。
わずか3日で録音、たぶん一発勝負みたいな録音。
しかし新たな音楽仲間と一刻でも早く音楽したいというポールの切なる
想いが伝わってきそうだ。




posted by トミヤン at 05:46 | Comment(0) | ビートルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

ビートルズがライブを辞めた本当の理由

私がビートルズを知った時は

もう「レット・イット・ビー」の頃で、彼等の解散は決定的で

映画館で観た同名の記録的な映画で、スタジオで葛藤するビートルズ

そしてビルの屋上での即興的なライヴ(これがまた凄くカッコヨクて)

4人での演奏はもしかして、これが最後だったのかな?


ご存知「レット・イット・ビー」

ですのでビートルズに関しては、解散から過去にさかのぼって聴いて

いったという感じなんです。

ところでビートルズって、あまりライヴっていうイメージが私には

ありません。映像も少ないですし、1965年以降ライヴ活動も停止して

しまったからですね。

でも調べてみたら、この65年という年はビートルズの最絶頂期の頃で

すべてのシングルやアルバムが英米でナンバー・ワンで当時としては

未曾有の規模の欧米ツアーをやり、ライヴ、テレビ、ラジオ、映画など

とんでもなく精力的に活動していて、それこそ音楽史上初の大規模な

野球場コンサートも行っています。


64年作「フォー・セール」
ビートルズの作品の中で一番地味なアルバム。
過酷なスケジュールのなかでのレコーディング、カバー曲が6曲含まれているのもその為か?
ジャケットの写真も少々お疲れ気味。
オリジナルのジョン・レノンの曲は全て暗く、当時の心情が痛いほど
わかる、ファンならばやはり必聴盤でしょうね。


それこそ3年前は小さなキャバレーみたいなところで歌っていた訳で

すから、これは想像するに物凄いことです。

こうした栄光とは裏腹にビートルズ本人たちは、かなり悩んでいたと

いいます。この頃のことをジョン・レノンは「太ったエルヴィス時代」

と自虐的な言い方をしています。

「4人はアイドル」
映画のサウンド・トラックの域をかるく飛び越え作品として
「イエスタデー」を含め名曲が多数収録。

【CD】4人はアイドル/ザ・ビートルズ

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posted by トミヤン at 06:18 | Comment(0) | ビートルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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