2008年11月22日

グラハム・ボネット ハード・ロック界の横山やすし

グラハム・ボネット(Graham Bonnet)はハード・ロック・シンガーで
レインボーアルカトラスのヴォーカリストとして有名です。

なんと声域は4オクターブあると言われてますが、本当でしょうか?

ハード・ロックの世界もプログレ同様に、こうあるべきといった
様式美みたいなものが確立されていて、
(ファッションやアクセサリー、髪型までも、様式みたいなものがあります)

今では時代おくれの少しダサさが感じられるジャンルになってしまいましたが
トミヤン的には、そういう世界の方が愛着を感じえます(笑)

で、ボネットさんですが、この人は可笑しいです。
(すこし茶目っ気もあり、自分のスタイルを貫く男気もあります。)

彼の音楽のルーツはたぶん50年代くらいのリズム&ブルースや
日本でいうムード歌謡みたいな音楽だと思います。

あの関西人みたいな服装はその辺からきていて、グラハム・ボネットの
たぶん曲げられないポリシーみたいなものがあるんですね。
(なにせサーモンピンクのスーツに髪型はオールバックですから・・笑)
一部のファンからはハード・ロック界の横山やすしとの声も!

79年、彼のターニング・ポイントとなったのは
その歌唱力が、ハード・ロック界の大御所リッチー・ブラックモア
目にとまり、レインボーに加入。

初めてハード・ロックを歌うも、絶賛され一躍スターになちゃいました。
RainbowRainbow『Down To Earth』

しかし加入後、リッチー・ブラックモアにハード・ロック・ファッションに
変えろと強要されますが、断固拒否。関係が悪化します。

来日公演中、リッチーがボネットのスーツを勝手に破棄してしまい、
困ったボネットは急きょアロハ・シャツを買って備えたというから
この世界の人はマンガより面白いのだ!

で、案の定80年に唯一の親友だったコージ・パウエル(Dr)が脱退すると
ボネットも80年末にレインボーを脱走した(笑)
(コージ・パウエルとはお互いビーチ・ボーイズのファンであると
いうことで仲良しになったとか)

孤独のナイト・ゲームス

81年ソロ3作目。
ジョン・ロードやコージ・パウエルが参加。
孤独のナイトゲームス」がヒット、あの西条秀樹もカヴァーしました。
西条秀樹「ナイトゲーム」

82年、コージ・パウエルに誘われて、マイケル・シェンカー・グループへ加入。
傑作「黙示録」を録音するも先にパウエルが脱退すると、ボネットも
後を追って脱退してしまった。
(トイレに行くと言い残し、そのまま脱走したという・・笑)

当然、頭にきたマイケル・シェンカーはボネットのヴォーカルを差し替えて
アルバムを発表しようとするも、ボネットのヴォーカルが素晴らしいので
周りに止められそのまま発表したようだ。

83年には遂に自分のグループ「アルカトラス」を結成する。

このグループからはイングヴェイ・マルムスティーンスティーブ・バイなど
若手実力ギタリストを輩出している。
ザ・ベスト・オブ・アルカトラス

最初はベスト盤あたりが無難でしょうね(笑)

アルカトラスは87年に解散。

グラハム・ボネットはインペリテリなど、その後もいろいろと活躍していて
2007年にはアルカトラスを再結成させたりもしています。
還暦にはなりましたが、まだまだ元気です。

ボネットは歌詞が覚えられなくて、時々照れ笑いしたり、
はたまたカンペをみてステージに立ったこともあり
とにかく人間味のある、おもしろい人であるのは間違いありません。

それでは最後にアルカトラスの曲で「ヒロシマ・モナ・ムール」をどうぞ!
(ちょっと日本のクリスタル・キングの人にも似ています・・笑)


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posted by トミヤン at 13:10 | Comment(0) | ブリティッシュ・ハード・ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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